私たちの寅さん
寅さん没後、3冊の本
毎日新聞で紹介される
横沢 彪
毎日新聞(2000年5月27日、朝刊書評欄)
寅さんは、国民的英雄である。ユーモアとペーソスにあふれ、権力とか金に無縁の庶民的正義感をもつ男として、多くの人々から愛された。
だが、この寅さんのイメージは、このキャラクターを演じた渥美満と二重写しの関係になっている。
事実、寅さん映画を四十八作も作りつづけた寅さん生みの親、山田洋次監督は「渥美清さんという素材をどう生かせば、一番魅力的な映画ができるかを考えているうちに、寅さんというキャラクターが生まれた」とのべている。
俳優にとって、どんぴしゃのキャラクターにめぐり合えることは、最高の幸せなのだが、渥美清のように寅さんのイメージとあまりにも一体化してしまうと、ほかの役がやりたくてもできないというジレンマに陥る。
ここに挙げた3冊の本は、寅さんと渥美清の関係を、ミドルショット(全身が写っている)、タイトショット(バストから上が写っている)、クローズアップ(顔の大写し)でとらえているといえる。
『私たちの寅さん』は、渥美清の死を悼み、寅さんを惜しむ各界の有識者たちによる追悼文集であるが、一定の距離感がある。喪服姿の本だ。
つぎの『拝啓渥美清様』はタイトショット。渥美満とごく親しい関係にあった人たちの思い出話だから、面白いエピソードが盛りだくさんにちりばめられている。化け物みたいにでかくなった寅さんと闘う渥美渚の苦悩も見えかくれする。ふだん着の本だ。
最新刊の『おかしな男渥美清』は、強烈なクローズアップ手法によるフラッシュ的な渥美清伝になっている。論じようとしない著者の姿勢がかえって毛穴まで見えるという衝撃とともに、渥美清の人間像と寅さんの実像を分からせてくれる。渥美清を丸裸にした本だ。この3冊の本をこの順に読めば、寅さんを具現化した名優の栄光と屈折した複雑な心情がよく理解できるはずだ。
寅さんは人情のあたたかさを教えてくれた。渥美清は生きるのには志が大切なことを教えてくれた。いずれも日本人が忘れているものだ。
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