・2022年9月17日(土)、ミニ講演会で話します。
・場所:越谷市市民活動支援センター5階会議室
・主催:ロービジョン友の会
飯島信吾(インターネット事業団・シーアンドシー出版)


  
 (パワーポイント版)ここをクリック


編集者の仕事とは

児童書の編集はできません
――ある市民生協のママさん理事の声に




序 出版業界の編成
  総合書(文芸書、雑誌、マガジン) 講談社、文芸春秋、小学館、集英社、幻冬舎、カドカワハルキ、
  人文・社会科学書 平凡社、岩波書店、有斐閣、日本評論社
  医学書
  児童書
  家庭書・実用書
  教科書
▽地方出版社
   一人親方出版社

Ⅰ 出版業界の現状は

 1  どのぐらいの状況になっているのか(2021年、出版科学研究所調べ)
   売上高(1兆2080億円、対前年1.3%減)
   書籍   (6804億円、対前年2.1%増)
   雑誌   (6804億円、対前年5.4%増)
 2 出版社数と売上高の推移(グラフ)
   4,424(2001年) →2,907(2020年)
   ⇔毎月出版している会社は「200社」ほどという話。 

 3 出版業界売上ランキング(2020年~2021年)
   集英社(「鬼滅の刃」の累計発行部数は1憶2000万部、2020年12月時点)を突破、大ヒット)
   講談社
   KADOKAWA
   小学館
   ゼンリン
 4 紀伊國屋書店における売上表(2020年出版社別売り上げベスト300社)

 5 労働報酬
   →609万円

Ⅱ 編集者の仕事とは

 1 「無から有へ」「出版業は、生産労働である」、と教えられた。

 2 企画力、マーケットの判断力→無政府的販売の仕事。

 3 活字文化における「インテル」――活字の組版に使う込め物。行間(interline-leads)に挟む鉛の板という意味である。

売れる本づくりのむずかしさ


❖profile
1948年2月、東京の浅草生まれ。育ちは下町
[編集者の前期]
1960年代、大学紛争時代はアルバイト専門(労働旬報社で何でも屋修行⇔編集アシスタント)。
1971年 労働旬報社入社⇔倒産(60人以上いた)
1972年11月 労働旬報社再入社 
1974年から7年ほど、労働関係専門誌編集長。
1980年代から単行本編集者⇔労働組合運動、社会政策・労働問題研究者、女性読者向けの本づくり(『ちひろ愛の絵筆』・滝いく子著、『私の童話』『私の少年少女物語』・住井すゑ著など)
[編集者の後期]
▽1990年前後から、市民生協の「生活文化情報」誌編集長(文京区江戸川橋にマンションを借りて仕事場)。
⇔シーアンドシー出版を創立「健康せいきょう」(日本生協連医療部会発行)、
「パフォーマ」(芸団協発行)、
「大相撲ファンクラブ」(本場所前に発行、第一生命協賛)、
「仕事の発見」(日本労協連:現ワーカーズコープ)、
「医療生協さいたま発行」の『広報紙』などの編集・制作。

Ⅲ 編集者の仕事で出会った話
 月刊誌編集で一番大変だったのは、インタビューさせていただく人間の発見と交渉。ライター集団づくり。
 当時、『タレント名鑑』(共同通信社)が発行されていて、所属事務所、profile、連絡先が書かれていた。
 私が会いたい人をメモにして、30人ほど候補者をUP⇔順次交渉、インタビューできるライターさんの発見。

[1]インタビュー記事づくり
 
 1「椎名誠」さん(『さらば国分寺書店のオババ』『哀愁の町に霧が降るのだ』『岳物語』ほか⇔木村晋介弁護士【大学在学中は親友の椎名誠(作家)や沢野ひとし(イラストレーター)らと克美荘で共同生活を送る】が旬報社時代に本づくり⇔女性からストーカー時代を受けていた時期。
 2「アグネスチャン」(創刊号)⇔早稲田大学出身のプロデューサー(ご主人)の発見。
 3「佐渡ケ嶽親方(横綱・琴櫻)」⇔市民生協の専務理事が後援会で、NHK出身のアナウンサー(柴田頼子さん)がインタビューアー。朝稽古の時に、「白まわし」で撮らせてもらった。マネージャーから「怒られた」。その後、「相撲部屋のおかみさんシリーズ」(大相撲ファンクラブ)でお願いに行ったら、「ギャラが安い」と怒られた。
 4「小山内美恵子さん」⇔「テレビ金八先生」の脚本に込めた思い、スプリクター時代(映画の撮影現場において、撮影シーンの様子や内容を記録・管理する役目である)
の苦労話。
 5「萩本欣一さん」⇔芸団協の事務所(銀座時代)で「映画づくりにかけた思い」(マネージャーから30分という話だったが、3時間にわたって、これまで観た映画から、作っている映画へ)
 6「池辺良さん」(「1991年、『毎日新聞』連載の『そよ風ときにはつむじ風』で日本文芸大賞を受賞した」)
 7「愛川欽也さん」(いじめ問題で発言していた⇔高額のインタビュー料、そのため複数の市民生協の広報紙へ呼びかけ)  
  ⇔その他多数の体験。

[2]日本中の産地訪問の記事づくり

[3]ヨーロッパの「協同組合訪問」記事づくり 
 1 イタリアのピエモンテ消費組合訪問(トリノ市、1988年)
 2 EC本部(ブリュッセル)、ILO(ジュネーブ)訪問(1995年3月)――富澤賢治(一橋大学教授)、菅野正純(協同総合研究所)と。
    ⇔中川雄一郎(明治大学)、柳沢敏勝(明治大学)、内山哲郎(専修大学)各先生は「モンドラゴン協同組合」へ。⇔『労働者協同組合の新地平
社会的経済の現代的再生』(日本経済評論社、1996年6月)
 3 ドイツ、スイスの消費生協とICA国際大会(マンチェスター)への参加(1995年9月)

Ⅳ 素晴らしき編集者の実像

 1 偉人伝としての編集者→吉野 源三郎(よしの げんざぶろう、1899年(明治32年)4月9日 - 1981年(昭和56年)5月23日)。
   『君たちはどう生きるか』の著者として、また雑誌『世界』初代編集長。
 2 岩崎勝海
  編集者。(1925年-2000年8月18日)
  長崎市生まれ。1949年早稲田大学卒、岩波書店に入る。50年『文学』編集部、55年岩波新書編集部、71年編集長、75年岩波文庫編集長を兼ね、78年岩波ジュニア新書を創刊して編集長。80年編集部副部長。 編集長二十年

 3 知りえた編集者
   イ 角川春樹(『最後j角川春樹』、角川書店→カドカワハルキジムショ)

   ロ 芝田暁(『共犯者 編集者のたくらみ』、駒草出版刊2018年11月、大月書店→徳間書店→幻冬舎)

   ハ 『はだしのゲン』(汐文社)を見出した編集者
     https://www.choubunsha.com/special/hadashinogen/

   ニ 村田 憲生さん(徳間書店→『ファミリーコンピュータMagazine』(ファミリーコンピュータマガジン)は、徳間書店インターメディアが発行していた日本のファミリーコンピュータ(以下ファミコン)専門ゲーム情報誌。略称は「ファミマガ」。1985年7月、世界初のファミコン専門誌として創刊[1]。ゲーム雑誌としては『Beep』に次ぐ最古の部類に入る。創刊当初は月刊誌として刊行されていたがその後月2回刊、さらに隔週刊となる。
)  

  ホ 柳澤明朗(労働旬報社→『教育は死なず』、篠ノ井旭高校校長/若林繁太著、3部作、1981年)。⇔『父母の誤算』の原作。1981年(昭和56年)5月8日から同年7月31日まで放送されていたテレビドラマ。全13話。⇔都内、文京区で新社屋建設。